2019/05/14

琴葉とこ、死んだ

漫画家の琴葉とこが死んだ。偶然 Web の記事で知った。彼女を追いかけるのをやめて10年近く経っていたわたしは、思ったほど衝撃を受けなかった。

それでも、あるべき死があるべき人を食い殺したと思って、令和のはじまりの深夜にわたしは独りで笑った。笑えなかった。
メンヘラちゃん (上) メンヘラちゃん (下)

琴葉とこは不登校の少女だった。中学生のときに「メンヘラちゃん」という4コマのウェブコミックを結末まで描き切って、評価された。同じように筋金入りの不登校児だったわたしも面白く読んだ。

その後、わたしが知る限り琴葉とこには3つのことがあった。

1つ目に、「メンヘラちゃん」を読んだ編集者から声がかかって、リライトの末に出版することになった。しかし、出版社は「イースト・プレス」という無名のところだった。出版化に合わせてウェブコミックの方は公開停止になった。彼女の当時の Twitter を見るにリライト作業で疲弊していた。

2つ目に、琴葉とこは「カオス*ラウンジ」というサブカルチャー系美術集団と Twitter などで仲良くしていた。カオスラウンジに出展もしていた。しかし、一時期、カオスラウンジは「きめコナ騒動」をはじめとする引用コラージュ行為で Web 上で悪評がたった(琴葉とこは関係ない)

3つ目に、「メンヘラちゃん」のパクリ騒動 があった。「メンヘラちゃん」をパクったという疑惑がある漫画「今日もかるく絶望しています。」は、パクリというよりも、"才能のない者が、昔「メンヘラちゃん」を読んだ記憶で、無意識に真似てしまった"みたいなものかもしれない。いずれにしても、「今日もかるく~」はオリジナルの足元にも及ばなさそうな出来なのに、「第22回コミックエッセイプチ大賞」という賞を一応受賞していた。いじめられて、不登校児で、死にたくて、「メンヘラちゃん」を必死で描いて、その後もいろいろ大変で、そしてこんな変な仕打ちを受けた琴葉とこの心は、想像できない。

琴葉とこの友人なほるるのブログ記事「漫画家 琴葉とこちゃんが亡くなりました。」 より:
2018年7月5日に漫画家の琴葉とこちゃんが亡くなりました。遺族からは『事故死』と説明されました。 
亡くなったとこは今まで何度もODで運ばれていた。Twitterで数日反応がないと危険なのではと、皆で連絡を取り合っていた。今回はみんな忙しかったこともあり、誰もとこに連絡ができなかった。
さらっと「OD」と書かれている。オーバードース、薬物の過剰摂取。つまり一言で言うと自殺だったんだろう。

琴葉とこの友人 伊丹小夜の追悼文 より:
ただ、かわいそう。初めて彼女に出会った時彼女は16歳の高校生で、私は大学生でした。彼女の過ごした時間はほんのわずかなものでしたが(話を聞くかぎり)彼女の人生は地獄そのものでした。
「メンヘラちゃん」を描いた琴葉とこは、もしかしたらメンヘラちゃんという自分のキャラクターに囚われたのかもしれない。最後には、メンヘラちゃんが琴葉とこを食らったのかもしれない。

琴葉とこの「メンヘラちゃん」を読むと、人生をあやまった彼女が代わりに若くして手に入れた才能を感じる。彼女はリアルタイムで中学卒業への日々を送りながら、メンヘラちゃんの中学卒業までの物語を描いていた。不登校児のメンヘラちゃんは通信制高校に進学することになって未来を恐れるが、それは琴葉とこの心の鏡だった。メンヘラちゃんに優しい健康優良児の「けんこうくん」は、琴葉とこの夢見た救済だった。

メンヘラちゃん」を描くことで、琴葉とこは琴葉とこを救おうとした。まるで志賀直哉の中編「和解」のように、作者の人生と作者の創作とが有機的につながって、創作の神が作者の人生を救おうとさえした。結局、彼女は彼女を救えなかったらしく、死んだ。

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