2019/08/22

「オタク」という言葉の内にある矜持と自虐

オタク」という言葉の意味は簡単で、まともな国語辞典を引いてみればいい。たとえば「スーパー大辞林」によれば:
俗に、特定の分野・物事を好み、関連品または関連情報の収集を積極的に行う人。狭義には、アニメーション・テレビゲーム・アイドルなどのような、やや虚構性の高い世界観を好む人をさす。「漫画―」
どういうわけか人々はオタクという言葉に敏感で、そこから文化批評をしたがる一方で、自分や他人をオタクと呼ぶときにはそこに微妙な矜持や敬意、自虐や侮辱を含ませている。わたしも例外でない。オタクという言葉はスペシャルなんだ。


オタクという言葉に侮辱のニュアンスが入っているのは当然で、そうでなければオタクじゃなくてマニアや好事家といった単語を使えばいい。このとき、マニアとオタクの差は、オタクの趣味・嗜好が社会的に軽蔑を招きやすいことから生まれている。たとえば、アニメやゲームが文学やクラシック音楽と比べて低俗な創作物と思われているなら、アニメやゲームのマニアはオタクと言われがちだろう。あるいは、仮に同じ文学マニアであっても、象牙の塔で展開されるような文学評論から遠ざかって、「ヴィルヘルム・マイスター」に出る脇役の少女ミニヨンが可愛いとばかり言って低俗な読み方をしていると思われているなら、同様だろう。

オタクが蔑称なら、自分のことをオタクと呼ぶときもちろん自虐が入る。しかし、普通、人間は自分が属するものに対する蔑称は使いたがらない。自分ただ1人だけがその蔑称に属するならただの自虐なのでまだいいが、自分以外の同族も含まれる場合、仲間を傷つけるからだ。オタクがオタクという言葉を喜んで使うのは、オタクという言葉の自虐的なニュアンスが、ほかのオタクたちにも共感してもらえるという一体感が背後にある。これはすごいことであって、文化批評で取り上げたくなるのも分かる。

わたしはオタクという言葉を特別な敬意を込めて使う。あまり詳しくなければオタクじゃないし、詳しくても普通のマニア的な知識と経験を持っているだけならオタクと呼びたくない。ここからは完全に「わたしの考えるオタク」像の話になる。

まず、分かりやすいオタク像の例を見よう。わたしはこれこそがオタクなんだと思った。これはわたしにとっての最大限の賛辞である。

結 オフィシャルサイト - 結ものがたり - (BIOGRAPHY)
(前略)引き続き孤独な学生生活を送る。持ってないゲームの攻略本を読むという趣味が出来る。中学受験の勉強のためアニメとゲームを禁じられ、エヴァンゲリオンチップスについてくるオマケのカードで本編を2年間妄想するという楽しみ方を見出し、エヴァンゲリオンブームを過ごす。
 ゲームをするのはただのゲーム好きだが、「持っていないゲームの攻略本を読む」(宮部みゆきか)というのはオタクである。エヴァンゲリオンを観て熱狂するのはただのエヴァンゲリオン好きだが、「オマケのカードで本編を2年間妄想する」のは最高級のオタクである。

ガープス・ベーシック―汎用RPGルールブック (角川文庫―スニーカー文庫)
汎用 TRPG: GURPS の旧版
(表紙は鉛筆汚れで灰色になった)
くだらない自慢になってしまうだけなので読み流してほしいのだが、一応、わたしはといえば、わたしも少しはオタクだった。TRPG を1回も遊んだことがないまま、TRPG のルールブックだけを読み込んで1人でプレイヤーキャラクターを作って妄想するのが何よりも面白かった。ドイツのボードゲームを1回も遊ばないまま、Web 上のレビューやルール概要を読んで、「確かにこのゲームは面白そうだ」と妄想だけして終わるのが楽しかった。格闘ゲームを1回もプレイしないまま、Web 上のコマンド表をノートに書き写していた。MMO RPG を1回もプレイしないまま、Web 上のクラスやスキルやアイテムリストをノートに書き写していた。プログラミングですら、ノートに書いていた。パソコンが家族共用で、いつもは使えなかったからだ。

わたしにとってオタクとはそういうものだ。だから、個人的にはあくまで個人的にはだが、オタクが死んだ理由はとりもなおさず、オタクが普通に求めるものを得て、求めるものを消費できるようになっていったからじゃないかと疑っている。普通に趣味嗜好を消費したら、それはただのマニア。消費したいのにすべては得られず、偏った情報だけを頼りに妄想をして、歪な形で独り消費して独り解釈する。その圧倒的に非社会的なアートへのアプローチこそが、オタクの極北じゃないのか。

Pathfinder Core Rulebook
Pathfinder Core Rulebook, Second Edition
わたしはもうオタクじゃないって? いやいや、今日も Pathfinder Core Rulebook, Second Edition を読んでいたところだ。絶対にプレイしないのにね。

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